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誰もやっていないことに挑む――広がる在宅医療の世界で、放射線技師の奮闘

在宅医療現場で、病院に近い精度のレントゲン検査を実施している医療法人社団平郁会。全国でもめずらしい平郁会のこの取り組みは、ベテラン放射線技師の板倉智の入職と同時にスタートしました。放射線技師としてのパイオニア的な役割に興味をひかれ、病院の検査室を飛び出した板倉の軌跡を紹介します。
フリーターから医療業界へ。
夜間のアルバイトに励みながら
放射線技師の資格を取得
夢をかなえたい一心で突き進む

ポータブルのX線撮影機器を専用車に乗せて診療に向かう

長年、療養型病院に勤めていた板倉智は、2011年1月、平郁会の放射線技師第一号として入職しました。以来、自宅や施設で療養する患者さんのもとを飛び回り、ポータブル装置(回診用X線撮影装置)などを駆使してレントゲン検査を行なっています。

板倉「入職して最初に現場に出たときのことは、よく覚えています。医師に同行して施設の患者さんの検査に向かいました。病院とは勝手が違い、撮影のやりにくさからちゃんと撮れているか不安になり大汗をかきました(笑)」

いまでは平郁会の検査チームの課長としての職責も担う板倉ですが、若いころは目的が定まらずに過ごしていたこともありました。

中学生までは野球少年、高校生活はほぼ自由気ままに送り、その後はいろいろなアルバイトを転々としていたのです。

その間にバブルが崩壊し、世の中は不況に突入。危機感を覚えた板倉は、24歳で医療系係の会社に就職します。

板倉「病院で扱う器具や機器の滅菌や、使い捨ての道具などを管理する会社です。医療系係だったら景気に左右されないだろうという単純な理由でした」

とはいえ仕事を通じて病院のなかの世界を体験したことで、板倉の人生は大きく動き出します。医療業界では医師や看護師以外にもさまざまな職種の人が活躍していることを知り、有資格者として働くことに強い魅力を感じたのです。

板倉は1年で会社を辞め、受験勉強に専念して専門学校に入学。夜間のアルバイトで学費を稼ぎながら3年間通い、29歳で放射線技師の資格を取得しました。

療養型病院でスキルを磨き、
在宅医療に注力する平郁会と出会う

放射線技師になって最初に勤めたのは、高齢者が多く入院するベッド数約400床の療養型病院でした。

もともと高齢者と接することが好きだった板倉は、最初の病院に10年間勤務。足腰が弱って体の自由がきかない人や、コミュニケーションがとりにくい認知症の人など、レントゲン撮影にコツを要する患者さんの検査も多数こなしてきました。

その後、自分のスキルが生かせる次のステップを探していたとき、在宅医療の未来を切り開こうとしている平郁会と出会います。

板倉「放射線技師が訪問診療先に出向いて、高齢者や動けない患者さんのレントゲン検査をすると聞いて最初はびっくりしました。機器はどうやって運ぶのか、フィルムの現像はどうするのか疑問だらけだったんです」

平郁会では、このときすでに検査用のポータブル装置とそれを運ぶために特別に改造した車を発注済みで、現像も車のなかで行なえるように整えていました。

板倉からしてみれば、主に病院のオペ室やICUなどで使うポータブル装置を用いて、病院内や健診センター以外でレントゲン撮影をするというのは、それまでに聞いたこともない挑戦的な取り組みでした。

しかしその一方で、彼には療養型病院で身につけた、高齢の患者さんに対するレントゲン撮影の心得えとコミュニケーションスキルがありました。

平郁会の取り組みは自分の経験が生かせ、なおかつ放射線技師としてかなり特化した仕事になると予感し、彼はその最初の担い手になることを決意します。

正攻法が通用しない、
さまざまな工夫が必要だからこそ
やりがいも大きい

自宅で照射した画像は、車中で処理し電子カルテにすぐアップロードする

レントゲン写真には、胃や肺をはじめすべての部位において、画像診断のための理想的な「像」があります。医師の診断がつきやすい理想の像を撮影するためには、被験者に対して決まった角度でX線を当てる必要があります。

ところが患者さんの自宅や入居施設で行なうレントゲン撮影は、病院の検査室とはあらゆる状況が異なり、最初のうちは戸惑うことばかりでした。

板倉「まず、レントゲン器機が固定式ではないので、しっかり固定する必要があります。ポータブル装置の場合は、患者さんが寝ているベッドの下に機器の一部を差し込んで固定しますが、下に隙間がない場合は固定の方法から考えねばなりません。

ほかにも患者さんの状態や、機器を操作するためのスペースの問題など、いろいろなハードルがついて回ります。それらをどう克服して理想の像を撮影するかに難しさを感じました」

学校で習ったやり方は通用しないことが多く、患者さんの体を支えながら撮影したり、動けない患者さんに合わせてフィルムの角度を調整したりと、板倉はその場その場で柔軟な対応を心がけ、現場での経験の積み重ねと応用力で教科書のない撮影の腕を磨いてきました。

板倉「たとえば集団健診などの検診車は、午前中だけで1日100人程度のX線検査が可能です。けれども私たちが行なっているレントゲン撮影は、施設の患者さんで午前中10人、居宅では3人程度が限界。そのくらいさまざまな制限があり、工夫と労力を要します」

その代わりやりがいも大きく、患者さんやご家族からありがたく思ってもらえることが、板倉自身の喜びにもつながっています。

早期に診断がつき、
患者さんの負担が減ることが
在宅医療の最大のメリット

在宅医療の細かいニーズに応えられる体制づくりを心がけている

2018年10月現在、平郁会では東京都と神奈川県で3000人を超える患者さんを受け入れています。そのうち、施設の患者さんはおよそ2700人、居宅の患者さんは400人ほどです。

板倉が入職した2011年当時よりも患者数が増え、訪問診療エリアも中央区、大田区、府中市、横浜市、川崎市、町田市の広範囲に広がりました。

組織の拡大にともない、いまでは板倉を含む放射線技師3人が、1人あたり1日平均5〜6人の検査を受け持っています。そして、ポータブル装置2台と組立式の携帯X線撮影装置1台でレントゲン検査を行なっています。

板倉「年に1回、患者さんの健診があります。東京と神奈川にポータブル装置を1台ずつ配置し、午前中は健診に飛び回っています。午後は医師から依頼されていた患者さんの検査と、緊急の検査の臨時対応に当たっています」

訪問診療先へは基本的に車を運転するサポートスタッフと2人で向かいます。

板倉「以前は現像した画像をその場で見てもらうために、医師に同行する必要がありました。いまは私たちだけで検査に行き、撮影した画像を電子カルテにアップして遠隔でも見られるようになったので、よりスピード感が増しています」

板倉たちが現場で検査を行なうことで、例えば肺炎や骨折などの疑いがある患者さんも早期に診断がつき、患者さんは病院で長い待ち時間を費やして検査を受けずにすみます。

板倉「平郁会と同じやり方でレントゲン検査を行なっている訪問診療クリニックは、私が知る限りではほとんど聞いたことがありません。早期診断と患者さんの負担を減らすことに貢献できていることが、一番のやりがいです」

平郁会に入職して7年余り。在宅医療専門の放射線技師として誰よりも多く経験を積み重ねてきた板倉は、これからもこの仕事に誇りをもって取り組んでいく考えです。

板倉「平郁会では、カテーテルの交換の際にレントゲン撮影が必要な胃ろうの患者さんなども受け入れています。訪問診療先で求められる医療は年々高度なものになっているので、その意味でも私たちの果たす役割は重要だと思っています」

自宅や施設で療養する患者さんたちの穏やかな毎日を支えるために、病院の検査室を飛び出した放射線技師、板倉の奮闘はこれからも続きます。

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